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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)275号 判決 1998年3月19日

京都市南区上鳥羽高畠町105番地3

原告

株式会社ユー

同代表者代表取締役

土屋義弘

同訴訟代理人弁護士

谷口忠武

下谷靖子

豊田幸宏

京都市下京区万寿寺通東洞院東入万寿寺中之町72番地

被告

株式会社ナカイ

同代表者代表取締役

中井均

同訴訟代理人弁護士

柴田茲行

"

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成8年審判第20101号事件について平成9年10月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

(本案前の答弁)「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告負担とする。」との判決

(本案についての答弁)主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第958641号意匠(以下「本件意匠」といい、その意匠権を「本件意匠権」という。)の意匠権者であった。

被告は、平成8年11月28日、本件意匠の登録を無効とすることにつき審判を請求し(以下「本件審判請求」という。)、特許庁は、同請求を平成8年審判第20101号事件として審理した結果、平成9年10月14日、「登録第958641号意匠の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年10月24日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)のとおりである。

3  審決を取り消すべき事由

審決は、法律上正当な利益を有しない者からの請求として本件審判請求を却下すべきであったのに、この点の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1)<1> 被告の代表取締役である中井均(以下「中井」という。)は、登録第900798号意匠(以下「中井意匠」といい、その意匠権を「中井意匠権」という。)を有し、被告は、その実施権者である。

<2> 中井は、原告を相手方として、京都地方裁判所に対し、原告が「ユーコシラック」との製品名にて製造販売している商品(以下「原告製品」という。)の意匠が中井意匠権を侵害すると主張して、原告製品の製造譲渡等の禁止等を求める訴訟を提起した(以下「別件侵害事件」という。)。

<3> 原告は、別件侵害事件の係属中に、原告製品は中井意匠権を侵害しないことの証明の一助にする目的で、原告製品の意匠を図面代用写真により表して意匠登録申請をし、本件意匠として登録された。

<4> 京都地方裁判所は、平成9年1月30日、別件侵害事件において、中井の請求を棄却する旨の判決をし、同判決は、同年2月19日の経過をもって確定した。

<5> したがって、本件意匠と中井意匠とが抵触しないことについては、別件侵害事件の判決により決定済みのことであり、被告は本件審判請求について法律上正当な利益を有しないものである。

(2) 被告は、被告は別件侵害事件の当事者ではないから、その判決の効力を受けるいわれはない旨主張するが、被告は、中井意匠権の実施権者として股関節部緊締用バンド関係商品の製造販売をしているものであり、中井意匠権につき中井の特定承継人に当たるものであるから、別件侵害事件の判決の効力を受けるものである。

また、中井は、被告の代表取締役であり、かつ、いわゆるワンマン社長であるから、中井と被告は実質的に一体である。よって、被告が本件において中井と別人格であることを主張することは、権利の濫用として許されない。

4  被告の本案前の主張に対する認否

被告の本案前の主張は争う。

第3  本案前の主張、請求の原因に対する認否及び反論

1  本案前の主張

原告は、本件意匠がその出願前に刊行された刊行物に記載された意匠に類似するものであることを自認し、かつ、自らその放棄の手続を執ったものである。そうだとすれば、原告自身、本件訴えにつき利益を有しないものである。

2  認否

請求の原因1、2は認める。同3のうち、(1)<1>、<2>及び<4>は認め、その余は争う。

3  反論

(1)  被告は、中井意匠権の実施権者としてその股関節緊締用バンド関係商品の製造販売を実施している者であり、本件審判を請求するについて重大な利害関係を有するものである。

審決は、被告と原告は、双方とも股関節部緊締用バンド関係の商品を製造販売していて同業者の立場にあることを認定した上、被告が同業者である以上は、被告の種々の商品の製造販売が原告から本件意匠権の侵害を理由とする差止め、損害賠償請求等の制約を受けるおそれがあり、本件審判請求が認容されれば、被告はその業務に係る股関節部緊締用バンド関係の商品についての意匠の選択範囲を拡大することができるといった法律上正当な利益を有すると判断して、被告に請求人適格を認めたものである。

(2)  別件侵害事件は、中井と原告間の事件であって、被告は別件侵害事件の判決の効力を受ける訴訟当事者ではないから、別件侵害事件の内容いかんにより、本件審判請求についての被告の請求人適格が左右されるいわれはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録に記載のとおりであって、書証の成立(写しについては原本の存在も)は、当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

審決書3頁4行ないし4頁19行(審決の実体についての判断)は、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

2  被告は、本案前の主張として、原告は本件意匠がその出願前に刊行された刊行物に記載された意匠に類似するものであることを自認し、かつ、自らその放棄の手続を執ったものであるから、本件訴えにつき利益を有しないと主張するが、原告による本件意匠権の放棄によってその放棄前の期間につき本件意匠権が存在しなかったものとの効果が生ずるものではなく、この点は原告の本件意匠権の放棄の動機によって左右されるものではないところ、本件審判請求が成り立たないとされれば、原告はその放棄前の期間において本件意匠権を有していたこととなるものであるから、被告の本案前の主張は採用できない。

3  次に、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告による本件意匠権の放棄前に、中井意匠権の実施権者として股関節部緊締用バンドを製造販売していたことが認められ、この事実によれば、原告と被告は、股関節部緊締用バンドという同一品目の製品を扱う業者として競業関係にあり、本件意匠登録の有効無効は被告の上記業務の遂行に直接影響を及ぼす関係にあることが認められるから、被告は本件審判請求について法律上正当な利益を有するというべきである。

(2)  原告は、被告の代表者である中井は原告を相手方として、原告製品の意匠が中井意匠権を侵害すると主張して、原告製品の製造譲渡等の禁止等を求める別件侵害事件を提起したところ、京都地方裁判所は平成9年1月30日中井の請求を棄却する旨の判決をし、同判決は確定したから、被告は本件審判請求につき法律上正当な利益を有しない旨主張するが、仮に中井と被告とを一体と見たとしても、別件侵害事件で判断され、既判力を有する点は、原告製品が中井意匠権を侵害しないという点であり、被告が販売する製品が本件意匠権を侵害するか否かの点については判断されておらず、既判力も有しないから、別件侵害事件の確定判決があることをもって、被告に本件審判請求について法律上正当な利益がないと解することはできない。

(2)  したがって、原告主張の取消事由は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成8年審判第20101号

審決

京都府京都市下京区万寿寺通東洞院東入万寿寺中之町72番地

請求人 株式会社ナカイ

京都府京都布伏見区醍醐京道町11-3

代理人弁理士 多田貞夫

京都府京都市中京区室町通三条上ル役行者町377番地

被請求人 株式会社ユー

上記当事者間の登録第958641号意匠「股関節部緊締用バンド」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第958641号意匠の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

第1.請求人の申し立て及び理由

請求人は、結論同旨の審決を求める、と申し立て、その理由として要旨以下のとおり主張し、立証として甲第1号証乃至甲第7号証及び甲第8号証の1乃至甲第8号証の7を提出した。

(理由) 本件登録意匠は、その出願前に日本国内において公然知られた意匠(甲第2号証の意匠:意匠登録第900798号)に類似する意匠であり、また、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された意匠(甲第8号証の意匠)にも類似する意匠であって、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当するにもかかわらず同項の規定に違反して登録されたものであるから、同法第48条第1項第1号により、その登録は無効とされるべきである。

第2.被請求人の対応

被請求人は、これに対して何ら答弁せず、本件審判事件に係る意匠登録第958641号について放棄による意匠権抹消登録申請の手続を行った旨を記載した上申書を提出した。

第3.当審の判断

1.本件登録意匠

本件登録意匠は、平成6年5月18日の意匠登録出願に係り、平成8年5月10日に設定の登録がなされた意匠登録第958641号の意匠であって、願書の記載及び添付図面代用写真に現されたものによれば、意匠に係る物品を「股関節部緊締用バンド」とし、その形態を別紙第一に示すとおりとするものである。

2.甲号意匠

当審は、請求人が提出した証拠の内、甲第8号証の3に示された意匠(以下「甲号意匠」という。)について検討する。

甲号意匠は、株式会社ユー(被請求人)が平成5年10月10日に発行し頒布された図書「肝腎要(腰)を正す」の第86頁に記載された「二段式サポーターベルト」の意匠であって、その形態を別紙第二に示すとおりとするものである。

3.本件登録意匠と甲号意匠の類否判断

まず、両意匠は、意匠に係る物品が一致すると認められる。

次に形態については、両意匠は、本件登録意匠が正面側(人体に当たる側)のほぼ全面に非常に薄い調子の細かい水玉模様を施しているのに対して、甲号意匠は模様を施していない点の差異を除いて、ほぼ全体の構成態様が共通すると認められる。

そうして、上記差異は、創作全体からすれば付加的な模様に関するものであり、しかも、その模様自体非常に薄い調子のものであることからも、この差異は極めて微弱であって類否判断に影響を及ぼすものとは到底いえず、他方、両意匠における形態全体の基調を成す構成態様の共通性が圧倒的であって、その共通性が類否判断を支配するといえるから、本件登録意匠は甲号意匠に類似することを免れない。

4.結び

以上のとおりであって、本件登録意匠は、その出願前に頒布された刊行物に記載された意匠に類似するものであるから、意匠法第3条第1項第3号に規定する意匠に該当する。そして同条同項柱書きの規定に違反して登録されたものであるから、請求人の他の主張、他の提出証拠を検討するまでもなく、その登録は無効とされるべきである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年10月14日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

別紙第一 本件登録意匠

意匠に係る物品 股関節部緊締用バンド

<省略>

別紙第二 甲号意匠

<省略>

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